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東京高等裁判所 昭和60年(う)1404号 判決 1985年12月23日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人福嶋弘榮作成名義の各控訴趣意書に記載のとおり(いずれも量刑不当の主張)であるから、これらを引用する。

論旨に対する判断に先き立ち、職権を以て原判決の法令の適用を調査するに、原判決は、累犯前科として原判示(1)、(2)の各前科を認定したうえ、刑法五六条一項、五七条を適用して累犯の加重をしているところ、原判示(1)の前科は、被告人に禁錮刑を科したものであるから、同法五六条一項のみによつては累犯前科となり得ないものである。然るところ、右前科にかかる事件の調書判決謄本によれば、被告人は、業務上過失傷害罪と道路交通法違反(酒気帯び運転)の罪との併合罪につき処断された者であつて、その主文及び適条に照らし、右併合罪中の道路交通法違反の罪については所定刑中懲役刑が選択されたものであることが明らかであるから、刑法五六条三項により、再犯例の適用については懲役刑に処せられたものとみなすべきこととなる(同条項の法意に照らすと、ここに「懲役ニ処ス可キ罪アリタルトキ」とあるのは、科刑上一罪を含む広義の併合罪中処断罪以外の罪につき、法定刑が懲役刑のみとされているか、あるいは法定刑中に懲役刑が含まれており、かつ、懲役刑以外の刑種選択がなされていない場合をいうものと解するのが相当であり、本件の場合がこれに該当することは明らかである。)。従つて、原判決が右前科を累犯前科にあたるとした判断は結局において正当であり、原判決は、ただ、その法令適用において刑法五六条三項を摘示することを遺脱したに過ぎないものと認められるから、右違法はいまだ判決に影響を及ぼすことが明らかであるとするに由ないところである。

そこで、量刑不当の各論旨につき判断すると、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて認められる本件の情状は次のとおりである。すなわち、本件は、覚せい剤水溶液の注射による自己使用一回と覚せい剤の結晶約〇・四一六グラムの所持の事案であるところ、被告人は、昭和五四年ころから覚せい剤の使用を始めており、同五五年五月一五日宇都宮地方裁判所栃木支部において覚せい剤取締法違反の罪により懲役六月、三年間執行猶予の判決を受け、さらに、原判示累犯前科(1)の業務上過失傷害罪等による禁錮六月の刑の保護観察付執行猶予の期間中に再び覚せい剤取締法違反の罪を犯し、同五九年一月一二日同庁において懲役八月の実刑に処せられたうえ、前刑の猶予を取り消され、各刑の執行を受けて同五九年九月一一日仮出獄を許されたのに、その後一〇か月足らずで本件各犯行に及んでおり、覚せい剤に対する親和性の高いことが窺われるうえ、本件捜査段階において、その入手先に関する供述を二転、三転させている経緯に照らしても、真摯な反省に欠けるところがあるものと認められ、犯情は芳しくない。弁護人の所論は、昭和五一、二年当時の裁判統計に基づいて本件の科刑を論難するところがあるが、近時における社会情勢の急速な変化に鑑み、往時の所論資料は現時点におけるこの種事犯に対する科刑の実情にそぐわないものといわざるを得ない。また、所論は、原審検察官及び原裁判所が、被告人の所持を譲渡目的によるものとして犯情を過重に評価していると論難するが、原審の論告要旨や原判決によつても所論の事情を窺うに由なく、所論は証拠に基かない単なる推測に外ならない。原審検察官が指摘しているのは、本件使用と所持にかかる覚せい剤がその入手先を異にしており、従つて、所論のように両者を実質的に一個の関係であるとみるのは相当でないということであり、関係証拠に照らし、右指摘は正当として是認し得る。

以上、諸般の情状を総合すると、現在被告人の妻は所在不明であり、幼い五人の子供は施設に預けられていること、その他被告人の有利に斟酌し得る事情を一切考慮に容れても、原判決が被告人を懲役一年八月に処したのは相当と認められ、その量刑が重過ぎて不当であるものということはできない。論旨はいずれも理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条に従い当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入し、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して当審における訴訟費用は被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官草場良八 裁判官半谷恭一 裁判官龍岡資晃)

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